医師(MD) 医学博士(PhD) 経営管理学修士(MBA)
幼少の頃から顕微鏡のミクロの世界や工学の世界、電子機器の世界に魅了され、将来は理系の研究職につきたいという夢を抱く。
大学受験で進路に迷い、慶應義塾大学経済学部に一度は進学するものの、日本におけるペインクリニシャンの先駆者であり医学博士(九州大学)であった祖父の意思を継ぐ形で医学部に進むことを決断。信州大学医学部に再入学し、痛みの治療を専門とする麻酔科の医師を志す。医師免許取得後に勤務した東京大学医学部附属病院の痛み治療外来で、光学機器のレーザー LLLT(Low Level Laser Treatment)を使用する痛みの治療法を知る。幼少の頃からの夢であった工学の世界と、仕事として選んだ医学の世界の接点をここで見出し、レーザー機器そして光治療器を扱う医師になることを決意。レーザー医療の8割は形成外科皮膚科領域で開発されているため、工学的ハイテクノロジーと生体医学の双方を扱うことの出来るレーザー皮膚科に転科する。また、それに関連して皮膚の炎症細胞を司る細胞(マスト細胞)の研究で医学博士号(東京大学大学院医学系研究科 博士課程修了)を取得した。
2004年以降、米国レーザー学会(ASLMS)や、米国皮膚科学会(AAD)、ヨーロッパ皮膚科学会(EADV)にてほぼ毎年演題を発表し、世界のレーザー医学会に新しい治療法を提示紹介している。特に2005年に発表した、アジアンスキンの肝斑に対するQスイッチヤグレーザーピーリングとLEDの併用治療法は、ヨーロッパ・アジア諸国で「フジモトプロトコール」の名前で広まり、レーザーの医師としての国際的知名度を上げた。2006年、米国レーザー学会(ASLMS)で専門医(FELLOW)の資格を取得。その他、欧州皮膚科学会(EADV)、米国皮膚科学会(AAD)それぞれの認定医でもあり、レーザー関連の国際学会で60回以上の招待講演をこなしている。
レーザーの研究・診療に関わる一方で、大学院在学中に3つのレーザークリニックの設立・経営に携わった経験から、株式会社の参入が認められていない日本の医療制度下では、高額な最新レーザー機器を相次いで購入することが、個人クリニック経営を圧迫することに気付く。世界で最先端の技術をリアルタイムで患者さんに提供するためには、常に最新のレーザー機器にアンテナを張る必要があり、そのためには医院の経営基盤確立が至上命題である。このため経営学の勉強の必要性を強く感じ、大学院修了後に復職した東京大学医科学研究所附属病院(東京大学 助教)を退職し、英国系ビジネススクールに進学。
ビジネススクールでの学位請求論文では、自らの医療機関の経営経験を踏まえ、「日本の保険診療下における医療機関の法人形態の転換―医療機関の株式会社化を含む病院経営の強化策について―」をテーマにした論文を提出しMBA学位(The Univ. of Wales, UK)を取得した。
2007年5月、自身5つ目のクリニックとして“クリニックF”を立ち上げる。Fの意味には、藤本(Fujimoto)のイニシャル、Fifth(五番目)、Final、First classの患者さんのための常にFor the clientに立った接客と技術、さらにFascinated by Laser(レーザーに魅了されて)を込めた。実際、NY、LA、ロンドン、パリ、ミラノ、シンガポール、香港など、世界各地のアンチエイジング・レーザー・クリニックから、その世界水準を満たす機器のラインアップと技術力で注目を浴び、「飛行機で通うレーザークリニック」として海外在住の日本人からも信頼を築く。
2010年には、株式会社ヤマハミュージックメディアより、痛みと音楽との関係をわかりやすく綴った「聴くだけでスッキリ痛みがとれる!」の刊行、2011年には、レーザー医師が読む、レーザー機器比較専門誌「The Asian Aesthetic Guide」のEditorial Advisory Board就任、香港での新規ビジネス参画・・・と活躍の場を着実に広げている。